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Zip 読み方 : ジップ 別名 : ZIP圧縮 分野 : 情報の表現 データ圧縮 ファイル圧縮形式のひとつ。世界的にもっとも広く使われている。WinZipなどのソフトが対応している。 通常は拡張子に「.ZIP」が使われるが、実行ファイル形式(自己解凍形式)で解凍ソフトが必要ないものもある。 欧米ではMS-DOSの頃からよく使われていた形式で、日本ではWindowsの普及とともに広まった。 Zip 読み方 : ジップ 別名 : Iomega Zip 分野 : ストレージ リムーバブル Iomega社が開発した、磁気ディスクを媒体とする記憶装置。1995年3月(日本では5月)に発売された。 1枚当たりの容量は100MBと大きいが、フロッピーディスクなど他の記憶媒体との互換性はない。 ドライブの平均シークタイムは29ms、データ転送速度は1.25MB/sである。ドライブが低価格なこともあり、アメリカを中心に普及している。 パソコンとの接続にはSCSIやIDE(EIDE)のほか、パラレルポートが使えるドライブもあるのが特徴的。 Compaq Computer社やHewlett Packard社、日本IBM、Apple社などがZipドライブを内蔵したパソコンを販売している。 1998年には容量250MBの上位互換製品も発売されている。
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大学へ行く準備をしていると、お風呂から澪が出てきた。 貸してあげたタオルを体に巻いていた。そして頭にもタオルを被っている。 私は腕時計をはめながらその姿に衝撃を受けた。 「律、ドライヤーとかは……」 胸から下は全てタオルが隠してしまっているけれど、触れたら折れてしまいそうな細い肩や、鎖骨が妙に色っぽかった。 頭はタオルを被っていて表情しか見えないけれど、でもお風呂上がりの暖かい熱気が澪の顔を火照らしている。 「律?」 「……あ、えっ? な、何?」 「ドライヤーとか……くしとか、貸してくれないかな……?」 「あ、ああうん。わかった」 私はなんだか澪の体をジロジリ見ていた自分が恥ずかしくなって、逃げるようにドライヤーやくしが置いてある場所へ走った。 オーブンレンジのすぐ横だ。実家の部屋に置いておいた鏡もすぐ横に置いてあるので、いつもそこでセットしている。 ドライヤーをコンセントに繋げ澪に渡した。 「はい」 「あ、ありがと……」 「お風呂、どうだった?」 「うん。気持ちよかったよ」 澪は微笑んでくれた。 ドライヤーとくしを手渡した時、お風呂上がりのいい匂いが澪からした。 私が普段使ってるシャンプーとボディソープのはずなんだけど……どうして澪がそれを使うと自分と同じに感じないんだ? 澪の方が妙に色っぽいというか……なんか、ドキドキするのだけど。 「そっか、よかった」 「今、何時?」 「八時七分。ここから大学までは二十分だから、あと三十分は余裕はあるよ」 九時から講義開始である。準備や少しの余裕も考慮すると、八時三十分ぐらい出れば大丈夫そうだ。 「わかった……」 私は澪から離れて、部屋の中央のテーブルへ向かう。 鞄に講義で使う辞書や教材を詰め始めた。 しかし行動に頭が伴わなくて、実際チラチラと澪を見てしまっていた。 (……本当に、綺麗な髪だな) 澪の第一印象は、大体そんなものだったから。 とにかく、長くて綺麗な髪が目立つ。 そんな長い髪を、澪は丁寧に乾かしていく。 くしを使ったり、手で撫でるように。 私の準備の手が止まってしまっていた。 乾かしている最中の澪と、目が合う。 「律……?」 「な、なんでもない……」 昨日から、おかしい。 澪の体を意識する。 色っぽいだとか、体の線を見つめてる。 どうしたんだ私は。 「澪の髪って、すっごい綺麗だよな」 なんとなくそう言った。 これぐらいは別にいいかなと思った。 「えっ? そ、そうかな……」 澪は狼狽しながら髪を撫でた。ここから見ていても、指が髪に引っかからない。 さっと流れるような。 「でも長いと大変だよ」 「やっぱりいろいろやってるの? お手入れとか」 私は正直自分の髪なんてどうでも……と思いつつも、やっぱりどこか気になるのでシャンプーとリンスを丁寧にはしている。 まあ髪の毛なんてどうでもいいんだけど……なんて言って見せるけど、やっぱり私は女の子なのだ。 逆に澪は長いし綺麗だ。枝毛なんかも全然なさそうだし、手入れ大変なんだろうな。 「……まあそれなりに」 「へえー……いいなあ。私も伸ばそっかな」 全然髪なんてどうでもいいと思って生きてきたけど、澪の髪を見てからはどうもそれじゃ微妙なのかなと思い始めてきている私がいる。 澪は、女の子らしかった。 私が自分の長い横髪を触っていると、澪は私に言った。 「律は――それでも十分、可愛いと思う、けど……」 「えっ――」 ドキっとした。 言った澪は澪で、顔を真っ赤にさせていて。 私はきっとそれ以上に、顔を真っ赤にさせていただろう。 耳が情報を遮断して、音が聞こえなくなって。 代わりに、跳ねるように心拍数を上げていく心臓の音だけがいやに響いた。 「わ、私着替えてくる……」 澪は逃げるように、お風呂場に入って行った。 私は硬直から解き放たれ、はーっと息を吐いた。 なんだよ今の雰囲気。 私は、澪が着替えに行ってくれたことに少しだけ安堵した。 ● お風呂にも入れてもらった。なんか申し訳なかった。 律が普段使ってるお風呂。他人のプライベートに踏み込んだ気がした。 やけにドキドキしたなあ。 律は、私の髪を褒めてくれるけど、律の髪もとっても綺麗だと思う。 短いのも似合ってるし、触ったらサラサラしてるんだろうなって。 可愛いよと言ったら、律は照れていた。可愛かった。 私は恥ずかしくなって逃げた。 大学はいつもと同じだった。 でも、先週よりは律とよく話す気がする。 まだ恥ずかしさとか、緊張も抜けきれないけど。 誰かと話すって、こんなに楽しかったんだなあ。 律は言った―― ● それから大学に行った。 澪は講義の道具を丸ごと家に忘れているので、ほとんど私と共有で使った。 こういう時席が自由なのは助かった。 もし高校のように席が決められていたら澪は完全にアウトだっただろう。 少しだけ気まずかったけれど、でも私の持ち前の明るさはこういう時にきちんと役立ってくれていた。 何気なく話しかけることは、私の武器。 昨日の夜から朝にかけて、私たちは少しだけ相手に踏み入りすぎたのかもしれない。 おかげで、私はもう胸が痛くて仕方なかった。 褒められたことも、やっぱり澪を意識してしまうのも。どことなくドキドキするのも。 昼食で、また会話する。 私は懲りずに蕎麦を食べて、澪は日替わりランチセットを食べている。 私は何の気なしに質問した。 「澪は、どこの中学校?」 同じ県出身、さらに同じ高校出身だとわかったので、まあもし校区は違っても中学校名くらいはわかるだろう。 そんな軽い気持ちで訊いてみた。 「――中学校、だけど」 おいおい。 「本当か?」 「うん」 「……また同じじゃん」 そう言うと、澪も箸を止めた。最初に桜ケ丘高校出身であるということが一致した時よりも、澪は少しだけ表情を変えた。 あの時はもっと暗かったけど、今回は少しだけ明るくなっているような気がする。 澪は返してくれた。 「本当に? すごい!」 すごいけど。 なんだよ、この気持ち。 「すごいっていうか……じゃあ、小学校は?」 「えっと、――小学校」 「……私も同じ」 「じゃあ、幼稚園は……?」 今度は澪がそう聞いてきた。 冗談だろ。 いやまさかな。 私は自分の中のよくわからない高揚感を押さえつけるように、できるだけ冷静に、かつ笑いながら自分の通っていた幼稚園の名前を出した。 「――幼稚園」 「……同じ」 「じゃあ、何? えーと、幼稚園は四歳からだから……十六年は同じ学校や幼稚園に通ってたってことか?」 「まあ……そうなるんじゃないかな」 幼稚園。 小学校。 中学校。 高校。 大学。 全部、澪と一緒か……。 一緒なんだ……。 共通点が増えるのは、いいことだと私は語った。 好きな物や、趣味、出身が同じなのは話題になる。 ある意味で思い出を共有していることにも繋がるし、好きなものであればそれについて語って面白おかしく話だってできる。 趣味が同じなら、それを分かち合ったり、音楽なら一緒にやったり、スポーツだって一緒に高めあっていける。 そういう意味での共通点。 でも、私は――……私たちは。 共通点が確か、増えた。 それは喜ばしいことかもしれなかったけど。 どうしようもなく寂しかった。 私は、十五年の時を澪と一緒にいなかったんだ。 それがなんてもったいないって。 今、思うんだよ。 タイムマシンがあったら、幼稚園か小学生の私を殴ってきて。 どうにかして澪と友達にする。 でも、それはもう叶わないんだよ。 私と澪が出会うのは、十九歳の春で。 幼稚園でも小学校でも、中学校でも高校でも。 出会わなかったんだ。 それが、寂しい。 なんてもったいないことしたんだ。 澪と出会って一週間で、こんなこと言うのもなんだけれど。 もっと澪と一緒に……。 文化祭だって、回りたかった。 受験勉強だって一緒にしたかったし。 一緒にバンド組んで、学園祭に出たり。 クリスマス会したり。 初詣一緒に行ったり……。 「律……?」 私が黙ってしまったからか、澪が細い声で言った。 「澪……」 澪の表情は、心配そうに私を見つめていた。 今私は、どんな顔をしてるのだろう。 悲しんでるのかな。寂しい顔、してるのかな。 「澪……――」 私は、澪の名前を呼ぶしかなかった。 昼間の食堂で、人で溢れているけど。 誰も私なんか見てなんかいないだろって。 だから。 「……もっと、早くさ」 声が震えてるのが、自分でもわかる。 だけど、言葉は溢れた。 「もっと早く、出会いたかったな……」 それだけだった。 もっと早く、出会いたかった。 私の視界が、歪んだ。 目元を服の袖で拭ったら、濡れていた。 私は、泣いていた。 ● 「それじゃ、澪。また明日な」 「うん。いろいろとごめん」 「私も、昼食の時泣いちゃって悪かったな」 「あ……いいよ、別に」 「また今度、ちゃんとお泊まり会しようぜ」 「……うん!」 バスに乗り込む澪。 帰らないで。 一緒にいてよ。 そう言いたい気持ちをこらえて。 「じゃあな、澪……」 私は手を小さく振った。 無理やり笑って見せた。 「うん。明日……」 澪も、ちょっとだけ寂しそうに笑ってくれた。 私と別れることを、寂しく思ってくれてたらいいな。 そんなの、私だけかな……。 私は無人島に取り残されたような気持ちで、走っていくバスを見送った。 明日、会えるんだから。 私は自分に言い聞かせて、全速力で夕焼けを走りだした。 ● 律は言った。 もっと早く出会いたかったと。 私は、その言葉が悲しかった。 律は泣いてた。 バスに乗り込む時、手を振ってくれた律。 その姿が、愛おしくて、別れたくなくて。 だけど私は笑って見せた。 また明日、律。 ● もっと早く出会っていたかった。 だから、もしパラレルワールドってものがあって。 田井中律と秋山澪が、もっと早く出会っている世界があるなら。 十五歳でも十歳でも……とにかく早く出会ってる世界があるなら。 一緒にいられる時間を大事にしてほしい。 私と澪は、それぞれの過去の思い出に存在しない。 澪の高校時代の思い出に、私――律は存在しない。 同じように、私の高校時代の思い出に、澪は存在しないんだ。 こっちはこっちで、楽しくやるよ。 いちいち悲しんでなんかいるつもりはない。 私は澪と、一緒にこれからやってくよ。 だから、別の世界の律と澪へ。 仲良くやれよ。 私たちも仲良くやるぜ。 戻|TOP|第二部
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「終わったー……」 「お疲れ様」 私はキーボードから手を離し、仰け反って寝転んだ。 澪も息を吐きながら私に声を掛けた。寝転んだまま、澪に返す。 「いやお疲れ様なのは澪だろ。ほとんど澪のおかげだよ」 「私はヒントを言っただけで、考えたり書いたりしたのは律だよ」 澪は教え方が上手すぎた。直接的な答え……まあこれは論文だから、答えなんてものはないのだけど、でも実際そのまま文章で使えそうな言葉を教えてはくれない。 だけどその遠回しな言葉たちは、どういうわけか私にアイデアを与えてくるのだ。 そこからテキパキとキーボードを打って、なんとか完成した。 「あ、でも……澪は自分の終わってないんじゃないのか?」 さっきの手帳を見れば、今日の時点ではまだ終わらせる予定ではなかったはず。 確か明後日あたりに完成って書いてなかったかな。 「うん。まだだけど」 「……なんかごめん。澪の分終わってないに、手伝わせちゃって」 「いいよ別に。全然間に合うよ」 「本当にごめんな」 私は寝転んだまま、窓の方を見た。 真っ暗だった。 ヒヤッとしながら、視線を壁に掛かっている時計に向ける。 ……七時半、だって。 私は勢いよく起き上がって、澪に言った。 「澪……すまん!」 私は合掌して、澪に謝った。そーっと澪を見る。 「え、えっと……よく意味が」 澪はよくわからないという訝しげな表情で首を傾げた。 「せっかく遊びに来てくれたのに、丸一日課題手伝わせちゃって」 私は時計を指差した。澪はそれを追うように時計を見る。 何か反応するかと思ったが、あまり表情は崩さず、ふっと呆れたように目を細めて私を見た。 「いいよ。楽しかったし」 そう言ってくれるけど、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。 何か、お礼とか。 私は澪の笑顔にいてもたってもいられなくなって、立ち上がった。 妙に底気味の悪い感覚がお腹から来るなあとは思っていたけれど、それは晩御飯を食べていないからだった。 考えてみると三時辺りにおやつとして出そうと用意していたお菓子も結局出してないし……それだけ夢中だったんだろうか。 「お詫びに、ご飯でも食べていってよ」 「そ、そんなお構いなく……」 澪が遠慮がちに両手を広げた。 「いいや私がそうしたいんだ。ご馳走作ってやるよ」 私は服の袖を捲り上げた。冷蔵庫の横のフックに掛けてあったエプロンを付ける。 「澪は、えーと……パソコンでインターネットとかしててもいいし、そこに積んである雑誌とか読んでて待ってて」 「う、うん……」 澪ははにかんで言った。 私は気合を入れてキッチンに立った。 手を洗う。 それから冷蔵庫を覗いて、食材を確かめた。 普段自分が食べる適当な晩御飯じゃ駄目だ。少しばかり豪華にしなきゃ示しがつかないだろう。 私が食べるんじゃなくて、澪も食べるんだ。ここで手を抜いている場合じゃない。 さっき澪も関心してたけど、料理できるよって言っちゃった手前下手糞だとやっぱりどうもなあ。 豆腐もあるし味噌汁作るか。あっ……ご飯炊いてない。 しまったな……朝の残りがラッピングして残してあるからそれをレンジで温めるしかない。 申し訳ないけどそれで我慢してもらうしかないな。 合い挽き肉もあるなあ。久しぶりにハンバーグでも作るかな。 一番得意料理だけど最近全然食べてなかった。 だって自分一人しか食べないから、どうしたって料理は手を抜いてしまう傾向にあるし。 でもたまには本気出さないと。 冷蔵庫を閉めるのと同時に、澪の方を見た。 澪は、雑誌を読んでいた。 (……あれ、ドラムマガジンか) 黒っぽくてサーチライトが光ってる表紙。 よく知らないけどどこかのバンドのドラマーがスティックを構えている表紙だ。 別にそのバンドのファンというわけではないけれど、ドラムの情報が詰まっているので気分で購読していたのだ。 (……ドラムのことを他人に知られるのは、初めてかな) 私はフライパンとまな板、包丁を用意しながら考える。動作自体は慣れている。 学校までの道のりを考え事しながらでも間違えないのと同じだ。 無意識でも体は覚えている。自然とやろうとしていることに指は動く。 お湯を沸かす。その間に合い挽き肉をボールに移し替える。 ……バレた。 私は、今まで誰にもそれを見せなかった。 小さい頃から好きだったけれど。 私はそれを誰かと分かち合おうとしたことなんて――。 フライパンに油を引く。お湯が沸いてきた頃、おたまと菜箸を使って味噌を溶かしていく。 それでも行動には、力が込められない。 今、澪は、私の趣味に触れているんだ。 趣味の『あれ』は、ドラムのことだった。 DVDは、ザ・フーばかり見てた。 だけど、それを誰にかに教えることはなくて。 私ドラムやってるんだぜって。ドラム大好きなんだって。 そういう風なことを誰かに言ったことはなかった。 言いたいと思うような誰かに出会わなかったのもあるし、私自身が怖かった。 そういう相手に出会わなかったというのは言い訳だけど。 実際、言った相手はいない。 一人こっそりドラムを叩いてた。 それでもよかったけどね。 私は手を洗って、合い挽き肉をこね始めた。 「完成ー!」 「す、すごい……」 私はパソコンをとりあえず退けて、テーブルに二人分の品々を並べた。 ご飯に味噌汁。 それとハンバーグに即興で作ったフルーツポンチだ。果物の缶詰があったからそれを混ぜただけで味は保証できない。 ご飯もレンジで温めただけだからそっちも同じだ。 澪を待たせたら悪いと思って早く作った応酬か、雑さが目立つ。 しかし、並べられた料理を見ると澪は感嘆の声を上げた。 「これ全部律が作ったの?」 「当たり前だろ? 急いで作ったから味は保証しないけどな」 食べてみて、と促した。 澪はナイフとフォークを使ってハンバーグを切り分ける。 私は横に座って、その様子をじっと見ていた。 作った手前感想と反応は非常に気になる。 相手が澪ならなおさらだ。 澪はゆっくりとそれを口に運んだ。 私の視線を気にする澪。 チラチラと目が合う。 澪は口元を押さえながら、咀嚼する。 私はうずうずして、こぶしを握る。 息を呑んだ。 「おいしい……」 澪は笑った。 「っはああ……よかった……」 私は緊張を解いて、思いっきり息を吐いた。握りこぶしを開いて、床につく。 強張っていた体が一気に伸びて脱力。 合格発表が終わった後のような、不安で仕方なかったけど実際上手くいってよかったって感じの解放感だった。 澪は頬を緩ませて言う。 「レストランみたい」 「それは言い過ぎじゃね?」 「いや本当。すっごくおいしいよ」 「……ありがと」 そう言ってもらえて本当によかった。 レストランはさすがに澪も言い過ぎだとは思うけど、でも笑ってくれたという事実は私にとってこれ以上ないご褒美だった。 料理を家族以外に食べてもらうということも初めてだったし、何より澪だったからとにかく満足して欲しかったのだ。 「ご飯はどう? レンジで温めただけなんだけど……」 「普通に大丈夫だよ。お味噌汁もちょうどよくて」 「そう?」 澪の言葉は謙虚で遠慮がちに聞こえるけど、でも箸が進んでいるので嘘じゃないみたいだ。 私はその様子を見ながら胸を撫で下ろすと同時に、微笑ましような気持ちにもなったし、気恥ずかしいような感覚にもなった。 「律は食べないの?」 「えっ? お、おお。た、食べる食べる」 自分の分が冷めてしまう。 私もナイフを手にとって、ハンバーグに手を掛けた。 久しぶりに作った割に、自分としても上出来だった。 「なんでこんなにおいしくできるの?」 澪は真剣な眼差しで聞いてきた。 「いや、別においしくしようと工夫したわけじゃなくって……いやもちろんおいしくしようとは思ってたけど。ただ慣れてたんだ調理に」 「慣れてたの?」 「うん。小学校卒業してから親がすげー忙しくなってさ。それで、私がほとんど家事やることになったんだ。 おかげで料理はそれなりにできるし、裁縫も身についたよ」 「すごい! 本当に尊敬するなあ」 「よ、よせよ。別にすごいことじゃないって」 「いやすごいよ。……さっきも言ったけど、私の料理すっごくおいしくないんだ」 でも澪が作るものがおいしくないっていうのは、全然想像つかないなあ。 なんでも完璧にこなせそうな感じを受けるから。 だから、おいしくないよと自分で言って見せる澪が酷く寂しそうに見えたのだ。 謙遜かもしれないし、もしかしたら澪がおいしくないと言っても私が食べたらおいしいかもしれないじゃないか。 味覚は一人一人違うし好みも違うんだ。 だから私は、ほぼ無意識に口に出していた。 「……私も、食べたいよ」 「えっ?」 「澪の料理、食べてみたいな」 「……本気?」 「本気。いや、でも今日は無理かな」 私はご飯を口に運んだ。澪は箸を持ったまま、何を言ったらいいのかわからないという風に視線を泳がせている。 さすがに突然すぎたか。 それに私もよくよく考えると結構恥ずかしいことを言ったかもしれなかった。 「あ、いや、無理ならいいんだ。それに、今日はもう食べちゃったから……」 今更取り繕うように言う。 「……そんなに食べたい?」 「だって澪が自分のをおいしくないって言っても、私が食べたらおいしいかもしれないだろ?」 「それは……そうだけど、でも……」 押し付けがましいかな。 澪は少し考えて言った。 「……わかった。作る」 「マジで! うわー楽しみ!」 「でも、今日は無理だよ。律の料理食べるんだから」 澪は嬉しそうにそう言ってくれた。 「それもそーだ。また今度よろしく」 私も笑い返して、ハンバーグを食べた。 ● 「食器片付けてくるよ」 私が二人分の皿を重ねてお盆に載せる。 「あっ、手伝う……」 「澪はお客さんなんだし、手伝ってもらってばっかじゃ悪いだろ。だからゆっくりしててよ」 課題も手伝わせて食器洗いも手伝わすなんて申し訳ないを通り越して私が情けないってことになってしまう。 一緒に食器洗いもいいけど、でも今はゆっくりしてもらいたいという気持ちが強かった。 ……ゆっくりしてもらいたいは言い訳か? 時刻は八時過ぎだ。もう外は真っ暗。物騒だし、澪も早く帰ったほうが――。 そう思うのに、それを言わないのは何でだ私……。 私はお盆を抱えた立ち上がった。 澪の上目遣いが、ドキっときた。 そっか。 心のどこかで、澪に帰って欲しくないと思ってるんだ。 だから、ゆっくりしててだなんて……。 私は本当にどうしちまったんだ。 「で、でも……」 「でもじゃないってば。ほら、DVDもあるから見てて」 一旦お盆を置いて、雑誌が入っていた棚からDVDを引っ張り出した。 いくつか実家から持ってきたDVDが同時に出てくる。 私はそれらを見つめた。ほとんどザ・フーじゃないか。それ以外のもほとんど洋楽だし。 ……キッズ・アー・オールライトか。春休みに見た覚えがあるな。 こっちは四重人格。フーズネクストもある……結局こっちに来てからいろんなDVD見てるみたいだな私。 サークルも入っていないし家でやることもないからDVDを見るしかないのだけど。 澪はこういうの好きなのかなあ。音楽に興味はないかもしれないしあるかもしれない。 文芸部で詩を書いてたって言ってたから、音楽の作詞とかは好きかもしれないけど……洋楽に興味はないんだろうなあ。 私は苦笑いしながら澪に尋ねた。 「ちなみに音楽のDVDしかないんだ……けど……」 「う、うん……見てみる」 「そう? ごめん」 見てみる、の時点でそういう物に興味がないのは明白だった。 私はとりあえず四重人格のライブDVDをパソコンにセットした。 内臓のプレーヤーが勝手に起動して、画面に窓が起ち上がる。 四重人格のダーティジョブスのムーンのドラミングが最高にかっこいいんだよ! と言えないのが悔しい。 私は今まで誰かと音楽の話をしたことはなかったのだ。 あー、澪はそんな相手になってくれないかな。 って馬鹿か私は。別に音楽の話をする相手なんて作ろうと思えば作れただろ。 勉強を教えたもらう相手も同じだ。 『どんな音楽が好きなの?』 『勉強教えてよ』 『一緒に勉強しようよ』 『私、ザ・フーってバンドが好きなんだ』 ……きっかけは些細なことじゃないか。 自分から話題を提示するだけでよかったのに。 それをしなくて、だけどしなかったことは後悔してなくて、でもいないことは悲しくて。 私は、わがままだ。 「じゃ、ちょっと待っててな」 私は今度こそお盆を持ち上げて、キッチンへ戻った。 一曲目のアイアムザシーが聞こえてくる。久しぶりに聞くかもな四重人格。 私はまずハンバーグを乗せていた皿に水を流し、しばらく水に浸してシンクに置きっぱなしにしておく。 二滴ほどの洗剤でスポンジを泡まみれにし、皿を擦る。皿を一通り泡で綺麗にしたら、また水に浸しておく。 油物を載せていた皿は洗ってもヌルヌルしてるからなあ。ちゃんとやっとかないと。 続いてご飯と味噌汁の茶碗だ。 しかしここで気付くが、澪は驚くほどに綺麗に食べてくれていた。 それは当たり前のことかもしれないけれど、でもどういうわけか私の手が急に止まってしまった。 そんなのなんでもないことなのに、澪が私の料理に満足してくれたのかもって思うと、急に動きがぎこちなくなってしまったのだ。 ……なんなんだよ。 くっそ。 焼けるように胸が痛いし、焼けるように顔が熱い。 水道は依然として冷たい水を出し続けている。それで指先を冷やしたって、頭は冷えてなんかくれない。 喉が渇き始めて、それでも手は離せずに皿を洗う。 澪の様子が気になって仕方ないけど、さっき振り返ったばかりだ。 こう何度も振り返ってしまうと恥ずかしいし……。 私は黙々と皿を洗った。 気付けば『四重人格』が流れている。 気付けば『ぼくは一人』が流れ……ダーティジョブスは次だ。 ただところどころ曲が飛んでいる……のではなくて、私が聞き飛ばしているようだった。 どうやら皿洗いに集中しすぎて、音を遮断しているらしい。 でなければずっと流れているはずのDVDの音が、私の記憶の中で途切れているわけがない。 集中すると周りの音が聞こえなくなるってのは、まあ何度も経験したことだ。 でもそのおかげで、皿洗いも終わった。 綺麗な布巾で皿を拭き終えると、それを元にあった棚にしまう。 綺麗さっぱりしたので気分もいい。今DVDから流れているのはダーティジョブスだった。 どうやらタイミングよく……――。 私はパソコンの前を見た。 空しくボーカルが響いている部屋。 澪は、寝ていた。 正座のまま、がっくりと頭を傾かせ前のめりに近い形になっている。 私は立っているので、頭を垂らしている澪の顔は見えないけれど、どう考えても寝ていた。 こんなにピクリとも動かないなんて、どう見たって寝ている。 私はゆっくりと足音を鳴らさないように近づき、DVDを止めた。 激しかった音が突然なくなるので一気に部屋はシーンとなる。 私は取り出しボタンを押してディスクを取り出すと、ケースに入れてパソコンの横に置いた。 エプロンを投げ捨て、澪の横に座る。 (……やっぱりつまらなかったか) 仕方ないよな。そりゃ……意味のわからない英語だし、澪みたいな女の子らしい女の子が、ザフーみたいなロック聞いたって興味は持ってくれないだろう。 それは偏見かもしれないけど、実際寝てるんだから退屈だったんだろうなあ。 私は、さっきまで澪と音楽の話ができるかもって内心喜んでたけど。 高校時代入ろうとしてた軽音部。バスケ部よりもやりたかった音楽。 結局廃部になって、バスケを選んじゃったけど。 でも、私は確かに音楽がやりたかったんだ。 澪となら、その楽しみを分かち合えるかもって思ったけど……。 それも無理かな。 (当然だろ) 私は座ったまま寝かしているのも何だから、澪を横に寝かせた。 (……) 澪は可愛らしい寝顔を見せる。 少しだけ口をあけて、スースーと寝息を立てていた。 無防備すぎる格好。 露出が多い格好というわけではない。 でも、澪が寝ているという事実が私の理性をザクザク突き壊してくる。 閉じられた瞳。 麗しいまつ毛。 ピンクの唇。 白い肌。 長い黒髪。 豊満な、胸……。 おかしい、おかしい。 やめろ。なんだよ痛いぞ胸が。 違う、そうじゃない! 何を考えてるんだ、私は。 澪の体を見て、顔を見て、今何を考えたんだよ。 胸が高鳴ってるなんて。 さっきと同じだ。 澪と見つめあって、上目遣いと唇に色気づいて。 私は何をしようとしたんだ。 (くそっ……) 私は立ち上がって、クローゼットに近づいた。クローゼットの下の棚には、確か薄めの毛布をしまっていたはずだ。 私は澪から逃げるようにそこへ向かった。 棚を漁って目的のものを見つけると、それを持って澪のところへ戻る。 澪の体をやけに意識する。 お風呂上りのように体がぼわっと熱くて、頭に血が上っているようにくらくらするのだった。 風邪をひいたときと同じだ。なんか意識がはっきりしないけど、でもなんかいつもよりも頭は冴えている。 そんな意味のわからない矛盾が、余計に私の混乱を助長する。 混乱なんてしていない。 だけど、でもどうしようもないくらいに澪を意識する。 さっき二人で話していたときよりも。 なんでだ。 寝ている澪を見て。 私は、私は――。 (…………) 自分が自分でよくわからないけど。 とりあえず澪に布団を掛けてあげた。 時計を一瞥する。 八時半。 このまま、そっとしておけば澪は今日は帰れなくなっちゃうかもしれない。 私が今起こせば、どうにかバスを捕まえれることだってできるだろう。 だけどここで起こしてしまったら、澪は……。 「ごめん」 私は、澪とずっと一緒にいたい、のかもしれない。 だから起こさないで、いいかな。 ● その後、律が晩御飯を作ってくれた。 それが本当においしかった。ママと同じぐらいおいしかった。 レストランに並んでいても違和感のない出来のハンバーグ。 律って、見掛けによらないなって思った。 すっごく明るくて、バスケ部だったみたいだし、一見家庭的には見えないのに。 でも中身は、とっても女の子らしいんじゃないかなって思った。 料理もできるし、頭もいいし、明るくて、友達が多くて……。 何もかも私と正反対なんじゃないかな。 でも、最悪な失敗もした。 律が片づけをしている間に、寝てしまったのだ。 もう最悪だと思う。律にも迷惑だっただろうし。 何より、律と一緒にいられる時間を自分から削ったのだから。 初めて行く友達の家。だから嬉しかったのに。 寝ちゃうなんてもったいない。寝ている時間、もっと律と遊べたはずなのに。 朝起きたら―― 戻|TOP|次
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登場 Recipe 148 ギルガメッシュの夜 後編(上) 備考 |] レシピNo.000 ZIP  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[属性:無] ┏──────────┓ 《材料》 ∥ ∥ ・ (圧縮したいアイテム) ∥ /Т\ ∥ ・ ∥ | ̄巾 ̄ ̄ ̄ ̄| ∥ ・ ∥ | 串 | ∥ ・ ∥ | 串 | ∥ 《器具》 ∥ |_串____| ∥ ・(圧縮ソフト) ∥ ∥ ・ ┗──────────┛ 【効果】 どんな重量、サイズのアイテムでも持ち運べる。 【価値】 圧縮したアイテムの値段 ───────────────────────────────── ぬぁっ、何ぃ?麿のZIPが【すぺあぽけつと】なるものに劣っておるじゃと! ───────────────────────────────── だまりゃ!恐れ多くも 1より春画のZIPを賜る麿をなんと心得るっ!(By 麻呂) ───────────────────────────────── アイテム収集の面で見ると、確かに【スペアポケット】の下位互換でしかないが ───────────────────────────────── ZIPにしたアイテムは解凍すると複数同時使用出来たり、鍵を掛けられたりと ───────────────────────────────── アイテム使用の面ではかなり便利だ。ただ、ZIPの中身がムフフなものだと ───────────────────────────────── 御公家様から無言の圧力でZIPを要求される羽目になる。(By エンキドゥー) ───────────────────────────────── → 使用参考書も貼らずにレシピとな!?: 『まずは画像、話はそれからだ』 ttp //bian.in/maro/
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薄目で、辺りを見回した。 私はどうやらいつの間にか寝ていたようだ。 最初は壁に背中を預けて座り、寝ている澪の様子を眺めていた記憶がある。 でもそのまままどろみに沈むように記憶がポッカリとなくなっていた。 多分、眠くなって寝たのだろう。 そしてなぜか、体育座りの私に布団が掛かっている。 おかげで暖かいけれど、確かこの布団は澪に……――。 澪? 私は布団から視線を上げて、正面を見た。 寝ている澪を眺めるに最適な位置を選んで壁際に座っていた私。 だから正面には澪がいた。 だけど、寝てはいなくて。 少しだけ崩れた格好で座ったまま何かを見ている。 (……雑誌、見てるのか?) ぼんやりとする頭と視界。まだ眠気は収まらないし、状況を頭で考えるほど回転してはいなかった。 指先にも感覚はない。 わずかに開いている瞼だけが、今私が得られる情報を思考に与えていた。 澪は、雑誌を読んでいた。 ……あの雑誌は、ギグス、か? バンドスコアや楽器の奏法が載った雑誌……バンドなんか組んでないくせに調子付いて買った雑誌だ。 いやもちろんバンドだけじゃなくて、各楽器の情報もあるからドラムをやる参考にもなったのだけど……。 この位置からじゃ、よく見えない。 澪の顔も、垂れ下がった黒髪で見えない。 ……待てよ、ページが見えるぞ。 私は目を凝らして、驚いた。 ベース? でも、この位置から見えるのは……確かに、ベースの写真が載ってるページだ。 ギターの見間違えかもしれないけど、でも明らかにネックが長い。 ということは、澪は今、ベースのページを見てるのか? なんで? 音楽にさほど興味もなさげだし、個人差はあってもライブDVDを途中で寝ちゃうような澪のはずなのに。 それなのにどうして、今音楽雑誌のギグス……しかもベースのページを見てるんだ? ぺらぺら捲っている途中にたまたまベースのページを見つけたから読んでるってことだろうか。 いや違う。もう私が目覚めて一分ほどだ。 もし興味がなかったり流し読みの途中ならさっさとページを飛ばしている。 でも澪はそんなことせずに、じっとベースのページを見つめ続けていたのだ。 私は、壁掛け時計を見た。 六時半だった。 ……まだ寝れる――る? 六時半? え? さっき八時半だったよな。 つまり、え? もう一夜明かしちゃったってことか? だとしたらえーと、どういうこと? あと数時間で、講義が始ま……え? ということは――。 「澪……」 「あ、おはよう……律」 私が微妙に渇いた喉を震わせて名前を呼ぶと、澪はこちらに振り返った。 「……まさか、泊まったの?」 恐る恐る問う。 だって、朝の六時半に澪が家にいるんだぜ。 「……ごめん。起きたら、朝の五時だったんだ」 「……そっか。澪、よく寝てたもんな」 澪は雑誌を閉じて、それを元あった棚に戻した。 部屋の電気はつけっぱなしで、どうやら昨日からつけたままだったようだ。 そりゃ当然だ。私は全然寝るつもりはなかったのだから。 だけど澪も私も、お互い無意識のまま眠っちゃってたんだ。 だから電気がついたままで……。 澪は、私の家に泊まったんだ。 意識的には覚えていないけど。 でも確かに、澪は私のすぐ傍で……。 なんてことのないことだけど、それは私の胸を締め付けた。 それは痛いとか辛いとかじゃなくて、その事実というか結果が、どうしようもなく胸を震わせたのだ。 嬉しいのかどうなのかは判断がつかないけど。 一晩、一緒にいた。 一緒にいたんだ。 なんか、すごい。 「寝ちゃって、ごめんなさい……」 「ああ、いいよいいよ。起こさなかった私も悪いんだから」 「……本当に、ごめん」 澪は自分を責めているように悲しそうに目を伏せた。 澪は、私が澪を一晩泊めたことが迷惑なことだと思ってるんだろうか。 そんなことまったくないのに。むしろ泊まって欲しかったぐらいで……だからこそ、私は起こさなかったんだ。 起こせるのに起こさなかったんだよ。 「いいよ。それよりさ、朝御飯作るから!」 私は自分も澪も奮い立たせるように、思いっきり元気な声を張り上げて立ち上がった。 あと二時間ほどで講義は始まってしまう。 それまでに朝食を……今日は二人分作らなきゃいけないけど、基本的に簡単だから手間も掛からないだろう。 「あ、手伝う……」 「いいよ澪は。すぐできるし」 「で、でも……いろいろ迷惑掛けたし……できること、したいなって」 いい加減私をドキドキさせるのやめてくれないかな。 そんな声で頼まれたら。そんな視線で物言われたら、断れるわけないだろ……。 私は呆れて返した。 「……わかったよ。じゃあ一緒に何か作ろう」 「あ、ありがと……頑張る」 私たちは立ち上がって、キッチンに向かった。 普段通りに食パンや目玉焼き、ウインナーを作ったら二人でやる意味などない。 二人で協力して作れるようなものじゃないとな。となると、何が作れるんだろうか。 「澪は、得意な料理とかあるの?」 「料理自体得意じゃないから……」 「じゃあ作れるものを作ってよ。澪の料理食べてみたいって言ってただろ?」 「たまご料理しか、まともなものは作れないよ」 「いいよそれで! むしろ朝食にピッタリじゃん」 「そうかな?」 「じゃあ澪は何か作れるたまご料理を作ってて。私は……澪は、朝は和食と洋食どっちがいい?」 私は普段洋食……つまりさっきも言ったようにパンとウインナーとたまご料理一品という感じだ。 もちろん和食に比べると栄養価も低いしお腹はあまり膨れないからお昼にとてもお腹は空くのだけど……。 でも時間やコスト的な意味ではパンとそれらはとても便利だった。 澪は胸の前で手を組み、迷ったような素振りを見せた。 私はとりあえずもう一度答えやすいように言葉を促す。 「普段は朝食、どっちなの澪は?」 「パン……だけど」 「じゃあパンでいい?」 「うん」 「じゃあ私はパン焼くわ……あと、お風呂入る?」 私は何気なく質問した。 が、澪はものすごく驚いて仰け反った。実際に体が仰け反ったわけじゃないのだけど、見慣れない表情になった。 ピクッと眉をあげて目を丸くしたのだ。 「お、お風呂?」 なぜか顔を赤くしている。 「うん。だって私たち昨日寝ちゃってお風呂入ってないじゃん。だから今から沸かそうと思うんだけど」 普段澪がいつ頃お風呂に入っているかは知らない。 でも私はといえば普段は夜の十時頃に入っていた。 ユニットバスだから二人はかなり使い辛いのだけど……ユニットバスはシャワーと浴槽が別々じゃないから。 「え、でも……迷惑じゃない?」 澪は昨日から迷惑迷惑言っている気がする。 当然だと思う。 澪は……私にオススメの本を買ってくれた時、約束を破って私に嫌われたくなかったと言っていた。 私はその言葉を聞いて、嬉しかったような寂しいような微妙な気持ちになってしまったのだ。 私は澪を嫌うことなんてないのに。 だけど、もしかすれば嫌われるかもという気持ちが澪にあるんだって。 「迷惑じゃないよ。むしろ楽しいぐらいだよ」 それは純粋な気持ちだった。 私は、澪と少しでも長く一緒にいたいという気持ちで澪を起こさなかった。 お風呂に入れるぐらい、なんてことない。 「そ、そう……?」 「うん。じゃあ、澪は料理に集中してて」 「わかった」 澪は置いてあったボールにたまごを割って、菜箸で溶かし始めた。 見たところ卵焼きのようだけど、別の誰かの卵焼きなんて新鮮で楽しみだ。 自分のとは隠し味も調味料の量も違うだろう。他の誰かに料理を作ってもらうなんて母さん以来かもしれなかった。 私はパンを二枚袋から取り出しオーブンレンジに入れた。『トースト』のボタンを一回押すだけできちんと焼ける。 便利な世の中になったもんだなあ。私が小さい頃は、あの焼きあがったら跳ね上がるオーブンだった気がする。 オーブンレンジの扉を閉めてスイッチを押し、その場を離れた。 お風呂の部屋に入って、シャワーカーテンを開く。浴槽は一日使っていないので完璧に乾いていた。 私は一度シャワーで浴槽を洗い、蛇口を捻ってお風呂を溜め始める。溜まるのは十五分後くらいかな。 シャワーカーテンを閉めてそこから出た。 澪は、まだ作っている。だけど油の跳ねるような綺麗な高温や、たまごのいい匂いがし始めていた。 本当に料理が苦手なのだろうかと思うほど、違和感のない佇まいをしている。 私はそろっと横を通り抜け、冷蔵庫まで近寄った。 ヨーグルトと、バター、チーズを取り出しておく。 澪の横顔は一生懸命だった。 なんか、同棲してるみたいだ。 こんなこと思うの、澪に迷惑かなあ。 ……って私も澪と同じじゃん。相手の迷惑を気にしてるじゃないか。 ● 朝起きたら、律はまだ寝ていた。 私は目が覚めてしまったので、雑誌を読んだ。 実は、音楽にまったく興味がないわけじゃなかった。 律はたくさんDVDや音楽雑誌を持っているみたいので、音楽が好きなんだろう。 特にドラムの雑誌が多いから、ドラムをやってるのかな。 ということは、律はバンドとか組んでるのかな。 正直言うと、律が他の人と仲良くやってるのを想像すると胸が痛いよ。 こんなこと今までなかったのに。 律がドラムなら、同じリズム隊のベースをやってみたい気もする。 朝食は、私が作った。 律に卵焼きを作って―― ● 「いただきます」 「……どうぞ」 私が手を合わせてそう言うと、澪は正座のまま身構えた。 私はテーブルの上の卵焼きを見つめる。 うん、色は悪くないんじゃないのかな。 私が普段作っているものより少しだけ焦げている気もするけど、まあそこまで酷いわけじゃない。 澪は口を閉じて、眉を寄せている。 私はその様子を気にしながら、卵焼きを一口。 舌触りは、普通。 味は――。 ……? なんだこれ。 ちょ、ちょっと待った。待て。えっと、なんだこれ! 「っ……うん、……おいしいよ」 「嘘だ。律、ちょっと変だよ」 「い、いやマジで。まずくは……ない……ただ――」 「ただ――何?」 詰問のように私を見つめる澪。 私は勢いに圧倒され、正直に返した。 「……味が」 「えっ?」 「悪いけど、卵焼きの味にしては……」 慌てながら澪は自分の分を食べた。パクパク食べて、咀嚼しながら首を傾げる。そして少しずつ真っ青になっていって、お茶を飲んだ。 それから少しだけ咳き込んで、溜め息を吐く。 「……いろいろやりすぎたかなあ」 「何かやったのか? とりあえず卵の味があまりしないんだけど」 「醤油とか、砂糖とか、塩とか……いろいろ混ぜてみたんだけど」 うん、間違ってないけど。私も母さんに、卵を溶くときに醤油や砂糖、塩を少量混ぜておくとかよいと習っている。実際今でもその作り方だ。 「これ、醤油と砂糖の入れすぎじゃないかな。中途半端に辛いぞ」 「……ごめんなさい」 ずけずけと正直に言い過ぎたかな……澪はがっくりと肩を落として、シュンとしてしまった。 落ち込んだように瞼を下げる表情は、本当にショックだったんだなあと思った。 私はなんだかバツが悪くなって、明るく声を掛けた。 「でも全然食べれるよ! そんなにすっごいおいしくないわけじゃないじゃん」 「律に比べると駄目駄目すぎるよ……本当にごめん」 「そうじゃなくてさ……」 私はあまりの消極的な態度に言葉が出なくなってしまった。 取り繕う言葉はたくさん言えるだろう。おいしかったといえば、それは澪の喜びに繋がるのだろうか。 もうすでに、辛いという感想を言い終えている。 ここでおいしいと言ったって嘘だと澪は思うに違いない。 もっと落ち込むだけじゃないのか? そんな嘘だとか本当だとか。 私はそんなこと、どうでもいいのに。 「……でも、嬉しいよ」 「えっ?」 「……澪が一生懸命私に作ってくれたんだから、それだけで十分だよ」 私は卵焼きを食べ切った。辛さは喉に来るけど、でも慣れるとそうでもない。 それよりも、澪があんなに真剣な横顔で作ってくれたこれを台無しにしたくなかった。 気持ちは伝わっていたから、とにかく澪の頑張りを無駄にしたくなかったんだ。 いや、もっと単純で。 澪にそんな顔して欲しくなくて。 「――ごちそうさま」 私は言い放って、箸を置いた。 なんか恥ずかしかったけど、澪がどんな表情をしているか気になった。 私はゆっくりと澪を見る。 澪は。 「……律ぅ……」 目の端に水滴を溜めていた。 「ん、なんで泣くんだ……!?」 「……ぐす……うぅ……」 私は澪の目の前まで動いた。 「ご、ごめん……ホントに、なんか……」 「り、律は悪くない……別に、ショックで泣いてるわけじゃ……」 「えっ?」 「……なんか、嬉しくて」 澪は服の袖で目元を拭いながら、笑った。 「……そっか」 それがわかったら、私も嬉しいや。 澪が笑うことが、私の喜びかもしれないんだからさ。 かもじゃなくて、そうだった。 まだ会って、一週間のくせにさ。 もしかして、私。 私、澪のこと――。 ● 律に卵焼きを作ってあげたけど、調味料の量を間違えた。 律に食べてもらうんだって張り切ったのに、失敗するなんて馬鹿だ私。 でも、律はやっぱり優しかった。全部食べてくれた。 私は嬉しくて泣いてしまった。 人前で泣くのも、家族以外では律が初めてかもしれない。 泣き顔を見せられるほど気を許す人なんて、いなかったから。 私は、律に心を開いているのかな。 そんなこと今までなかったのに。 でも律が相手だと、私はどうしてか嬉しくなっちゃうんだ。 なんか、今までにないくらいリラックスできる。 家以外の場所で、あんな風に笑えるなんて。 お風呂を―― 戻|TOP|次
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私はベースを買った。 この十カ月、私はいつも律と一緒にいて、律といろんなものを共有して……好きなものまで一緒になって。 結局楽器を始めることになったのだ。 初めて律の家に遊びに行った時、律にザ・フーというバンドのDVDを見せてもらった。 その時、ちょっとだけ興味を持った。 というのは嘘だ。 音楽に最初から興味があったわけじゃない。ただ単に、律が好きなら私も、という軽い気持ちだったのだ。 だからこっそり律の音楽雑誌を読んで私も楽器をやろうと思った。 でもギターはなんか目立つから嫌だった。だから悩んだ末にベースを購入したのだ。 私もベースやろうかな、と言った時の律の喜びようと言ったら……。 私の名前を何度も呼んで、抱きついてきた。 あの時の律は、どこか変だった。 喜んでくれるかと思ったけど、律は泣いたのだ。 それがよくわからなかった。 律の部屋で、セッションをした。 あいにくバンドを組んでいない……というか元よりバンドを組むつもりはさらさらなかったので、二人だけでずっと演奏するのが普通だった。 ベースとドラムはリズム隊という一つの括りなので、一応はセッションが可能だった。 『ベースとドラムは一括り』というのは、なんとなく嬉しかった。 律はというと、あまり盛大にドラムを弾けないのが悩みだった。 「隣に迷惑なんだよなあ……音がすごいから」 「ベースも同じだよ。まあただのアパートでセッションすること自体いろいろと間違いなんだけど……」 律はドラムセットのシンバルに触れた。私はベースを担いだまま立っていて、その律の様子を見ていた。 「はあ……やっぱり、軽音サークルに入ったほうがいいのかなあ」 律が溜め息混じりにそう言った。 一瞬喉が詰まった。 「サークル……」 無意識にそう呟いていた。 「澪?」 名前を呼ばれたけど、私は反応できなかった。 サークルに入れば、思いっきり演奏はできるだろう。 防音もなされていないアパートの一室でアンプに繋げてベースを鳴らすのも、勢いよくドラムを叩くのにも限界はある。 他の住民の方に迷惑だし、何より目立ってしまう。 だから、サークルに入れば思う存分演奏はできる。 それはいいことだろう。 でも、私は釈然としなかった。 サークルに入るなんて……。 すでに出来上がっているサークルの輪。どのくらい人数がいるのかわからないけれど、でもすでに四月から十カ月だ。 もうメンバーは仲良くなっているだろう。 そんなすでに出来上がっている仲良しサークルに、今更入るなんてことは私にとって怖くてたまらなかった。 ただでさえ人と話すの苦手なのに、サークルだなんて。 しかもすでに出来上がった仲良しの中に入り込むなんて。 頭の中でサークルに入った私を想像してみる。 でもどうやったってオロオロして、どぎまぎして、律の傍にずっといて……話しかけられたって全然会話は繋がらなくて。 それで皆に呆れられて、嫌な思いさせて、それで一人になっちゃうんだ。 律も、私を放ってサークルの人と――。 律? 律は私と違って、明るくて、友達を簡単に作れて……。 律がサークルの人たちと仲良くやっている姿が浮かんでくる。 それが頭で再生されると、胸が一杯になった。 (……律に嫉妬してるのかな) 私なんかと真逆で、太陽みたいに明るくて、皆を笑顔にする。 だから、律のことを好きな子がいたって不思議じゃない。 律が誰かと仲良くしたりする姿を想像したり、実際律が誰かと仲良さそうにしたり……私にはできないことを平気で律はやってのける。 私はそんな律が、羨ましいと思っているのかもしれない。 だから、こんなにも痛いんだ。 「澪、どうかしたのか?」 律が私に声を掛けた。 私の気持ちも知らないで、呑気に構えて。 なんだよ……。 「なんでもないよ……今日は終わりにしよう」 私はベースを下した。 律は私を見て怪訝な顔をするけど、そうだなと返して立ち上がった。 ■ 夜、律と電話した。 結局律が誘われたバレンタインのお食事会の話題になった。 私は布団に寝転んで、律の声に耳を傾ける。 「食事会、どうしようかな」 「なんでそれを私に言うんだ? 律が自分で決めればいいだろ」 「そうだけど、でも……澪なら、どうする?」 考えてもみない質問だった。 私が律なら、どうするのだろう。 私のことを好きだと言ってくれる子がいて、その子が一緒に食事しませんかと誘ってくる。 でも、どうなんだろう。私は律と一緒にいたいから、断ってしまうかもしれない。 だけどその子の気持ちもありがたいと思ってしまうかも。 いや、私は何を言ってるんだ。 律と一緒にいたいからってのはおかしいだろ。今私は『私が律だったら』の例えを考えているんだ。 私が律だったとしたらの話だ。それなのに律と一緒にいたいからってのはおかしい。 律が二人いることになってしまう。 だとすれば、逃げる理由がなくなる。 だって私が律なら……。 私が律なら、澪と一緒にいたいから断るなんて選択肢はないんじゃないか。 だって律は、友達がたくさんいて。 私みたいに、『律だけ』っていうのがないから。 律は私を特別な奴だと思っていないんじゃないのか。 それが怖くて仕方がない。 随分前に、私のことを特別だと言ってくれた律。 でも、それが今でも続いてるのか。 そう考えると、律じゃない私は何も言えない。 「おい澪ー、寝るなよ」 「寝てないよ」 「じゃあ答えろって。澪ならどうするの?」 私が今ここで何を言えば、律はその子の元へ行かないのだろう。 食事会を断る選択に律を導くことができるんだ? ……馬鹿澪。 そこは律が決めることだって自分で言っておいて。 結局、律のことが好きだというその子の恋路を邪魔しようとしてる。 行けばいいだろって、昼間は言ったくせに。 そう言って、律がそうするって言わなくてよかった。 私は私の発言が一番わけがわからない。 律に断ってほしい。その子との食事を。 そう言うのは、間違いなのかな。 でも、そうしたいんだ。 律に、そっちに行って欲しくないんだ。 「断る、かな」 「……そうか。じゃあ私は、どうしようかな」 律は普通の、波のない普通の声で言った。 私は自分の馬鹿さ加減に呆れる通り越して怒りが高まってきた。 自分勝手すぎるんじゃないのかよ。 私は居た堪れなくなって……本当はもうこれ以上この話はしたくなくて。 何より律がこの話題のことを考えているという事実から目を背けたくて。 「そんなことより、課題やれよ」 「そうだった! じゃあ、電話切るな。また明日」 「ああ……」 私は携帯を枕に叩きつけた。 ……もう、胸が痛くなるばっかりだ。 私はどうにか時間が痛みを消してくれることを願って、さっさと寝た。 私は、どうしたんだ。 律と一緒にいたら、私は変になってるんだ。 律が誰かと仲良くなること。 律とすでに仲のいい誰かがいること。 律のことを好きな誰かがいること。 ……私は、そんな律に嫉妬しているかもしれないこと。 ああもういいや、寝ちゃおう。 そうすれば、また明日律に会えるんだから。 こんな痛みとも、お別れできるはずなんだから。 ■ 2月7日 晴れ 澪に習って日記をつけ始めて、もう一カ月は経つ。 一回も澪は日記を見せてはくれないけど、日記って案外楽しそうだ。 面倒だけど、後で見返したらいろいろと面白そう。 今日、私のことを好きと言ってくれる子がいると友達から聞いた。 複雑な気持ちになった。嬉しいは嬉しいのだけど、応えられそうになかった。 しかもバレンタインに食事に誘われてしまった。 どうしよう。 そしたら澪の奴、行けばいいだろだなんて。 ショックと言えばショックだ。嘘かもしれないけど、でも。 断れって言ってほしかったなあ。 そんなのわがままか。 バレンタイン、澪はどうするのかなあ。 戻|TOP|次
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次の日。 私がいつものように大学の正面玄関から入ると、律が自動販売機の前で誰かと話していた。 「あ、澪だ。おーい、澪」 律がそう呼びかけてくれなかったら、私はその場に立ち止まって鞄を落としていただろう。 だけどそんな名前の呼びかけでなんとか立ち直り、私はゆっくりと二人に近づいた。 律ではないもう片方の人が見知らぬ人だと悟る。 私は緊張で喉が冷たくなっていったような気がした。 「おはよ澪」 「お、おはよう……」 いつものように挨拶を交わす。だけど今だけは人前なので、私は思ったよりも全然声が出なかった。 元より声が出る質ではないけれど、本当にいつもよりも萎んだような声だと自分でもわかる。 律ではないもう一人は、髪留めをした茶色っぽい髪の女の子だった。 「おはよう、秋山さん」 「あ、えっと……おはよう、ございます……」 その人は甲高い澄んだような声で挨拶した。打って代わって私は、どうしようもないくらい小さな声で返した。 彼女に申し訳ない気持ちになった。 律は彼女を紹介した。 「澪、この人は平沢唯さん。私たちと同じ桜高だったらしいんだぜ」 「よろしくね秋山さん」 知り合い、だったんだろうか。平沢さんは、何とも言えない表情で私と律を交互に見ている。 私は黙っているのもバツが悪くなり、小さく返した。 「……はい」 同時に、平沢さんは腕時計を見た。 「私、人を待たせてるから、行くね!」 「そうなんだ」 「それじゃあね、二人とも」 彼女は裏を感じさせない笑顔のまま手を振って、その場を去って行った。 私と律は並んで、その後ろ姿を廊下を曲がっていくまで見ていた。 律はそれからふぅと息を吐いて、私を見た。 「じゃあ、私たちも行くか」 「……うん」 「どした、元気ないぞ澪」 「なんでもないよ」 誰のせいだと思ってんだよ。 講義室に向かって廊下を歩きながら、律に質問した。 「律は、平沢さんと高校時代から知り合いだったのか?」 「んーにゃ。さっきが初対面」 「じゃあなんで話しかけようと思ったんだ?」 「いや、向こうが話しかけてきたんだよ。バスケ部の田井中さんだよねって」 なんで律がバスケ部だったこと知ってるんだろ。 律ってそんな、名前も顔も知らない誰かさんに名前を覚えてもらえるぐらい有名人だったのかな。 そりゃ結構強かった(らしい)桜高のバスケ部の部長で、顔も良くって運動神経も良くて。 明るくて、友達簡単に作れて……相手を想いやれて優しくて。 そんな奴が有名じゃないわけがない。 でも私は知らなかったんだ。 幼い頃から、とにかくずっと誰かと一緒にいることから逃げてきたから。 話しかけてきてくれるのは嬉しかったかもしれないけど、口下手で会話は続かなくて、すぐに皆私から遠ざかっていく。 その度に私はごめんなさいと心の中で謝ってきた。 だから本当に周りに疎くて、世間にも疎いし学校のことにも疎かった。 「私結構有名なんだな」 律は感心するように言った。 私としては、私が知らなかったことを皆が知っているという状況に怯えている。 いつもそうだ。 私と律は、同じ時間を過ごさなかったんだ。 ずっと同じ学校にいるのに、一緒にいたのはこの一年だけ。 それがずっと、呪いみたいにへばり付いてるんだ。 律が見た景色を、私は見ていない。 だから中学や高校時代に律と一緒にいればって後悔は嫌でもついてくるんだ。 「私は、知らなかったけどな」 「澪だって高校時代もっと活動的だったら有名人になれたかもよ」 「そ、そんなの私嫌だ」 「例えば、軽音部に入って学園祭で演奏するとかさ」 「……」 軽音部なんてあったっけ。 私はそんなささやかな疑問からぶち当たった別の疑問を投げかけた。 「律は小さい頃からドラムやってたんだよな? だったらなんで高校で軽音部入らなかったんだよ」 歩きながらそう問うと、律は寂しそうに笑顔をなくした。 私は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、ちょっとだけ後悔する。 でも律はすぐに笑った。それからまたいつものように明るい声で返す。 「そりゃ入ろうと思ったぜ。でも、部員がいなくてさ」 「なんだそれ。どういう状況だよ」 「私が入学する前の卒業生で全員だったんだ。だから四月の内に部員を私含めて四人にしなきゃいけなかったんだけど……誰も来なくて」 入学して私は、文芸部に入った。 律には詩を書いていたとは言ったけど、正直そんなのどうでもよかった。 桜高はほとんどの人が部活に入っているので、むしろ部活に入っていない方が目立つ。 私はただ単に『部活に入っている』という事実が欲しくて文芸部に入ったのだ。 文芸部では一応詩を書いて活動していたけど、友達もいなかったし……結局普通の生活をして終わったように思う。 でも律は私と違って、やりたい! と思ったことができなかったんだ。 それは、経験していなくても悔しかったんだろうなあって思った。 「……結局、どうなったの?」 わかっていたけど、私は訊いた。 「軽音部? 廃部したよ。私もう悲しくってさー……まあでも、何か部活はやりたかったからバスケ部入ったけどな」 悲しくってさ、という言葉に悲しさはなかった。 でも一番悲しかったのは律なんじゃないかと思う。 もし私が幼い頃から律と一緒にいて、いろいろ話して。 お互い音楽の趣味が通じ合っていたら、軽音部に入っただろうか。 それはわからない。 実際幼い頃からずっと一緒にいたわけでもないし、もし私が音楽を律と一緒にやっていたとしても、 やはりバンドをやるのは少しばかり奥手になって軽音部に入ろうとはしないかもしれない。 文芸部に入ろうとするかもしれないし。 だけど結局軽音部に入ってしまうんじゃないかと思う。 多分、どんな世界であっても……私は律といることを選ぶ。 「そっか。大変だったんだな」 「澪ともうちょっと早く会えてたら、無理やりにでも入れてたのになあ」 律は呑気にそう言った。 そういう発言が、いちいち私を苦しめてるんだぞ。 もっと早く出会えてたら。 それが、本当に悔やまれる。 「もし律と軽音部入ってたら……」 私は息を吐いた。 「……律と軽音部入ってたら、私、どうなったんだろう」 一緒にいられなかった過去を、『もしも』で振り返るのはとても辛い。 でも、気になることではある。 「……澪には、ファンクラブなんかもできたかもしれないぞ」 「なんで?」 どちらかといえば律の方にできるだろ。 「美人だしー、可愛いしー、ときどきかっこいいしー」 「お、おい、やめろって……」 律は冗談なのか本気なのか。 でも、なった『だろうな』である。 私は有名人になんかなりたくない。 静かならそれでいいのだ。 そこに律がいたらそれで。 ■ 二人で昼食を食べていたら、また××さんがやってきた。 「りっちゃん、どう? 返事決まった?」 返事というのは、その律のことが好きな『理学部の子』との食事会のことだろう。 律はまだそれに出てもいいかという誘いに乗っていない。断りもしていないし、了解もしていない状態なのだ。 当日まであと六日。 もしどこかで食事するとなればやっぱり予約とか諸々の準備がいるのだろう。 誘う側としては早く返事が欲しいのか。 「いや、まだ……だけど」 律はチラッと私を見た。 なんだよ、とは言えない。ただ、どうして私に一瞬でも目配せしたのかがわからなかった。 やっぱりこの話題を私の前で話すことに躊躇があるのかもしれない。 「できれば明日までに決めてね。お店の予約とかあるから」 「お、おう……じゃあ明日にでも」 「わかった。じゃあ彼女にもそう言っておくね。それじゃーね」 ××さんはそう言って、やってきた方向へ戻って行った。 律は私に向き直って、黙々と昼食のフレンチサラダを食べ始める。 私はその様子をただじっと見つめて、茫然としていた。 それに気付いた律は、苦笑いした。 「なんだよ、顔に何かついてるのか?」 「いや、なんでもない」 「……澪、最近なんでもない多くねー?」 律は呆れたように言うと、お茶を飲んだ。 私はそれを、自分自身でも確かに知っていた。 律に言っちゃいけないような事や、悟られてはいけないような気持ちが増えているかもしれなかった。 だから、そういうものが無意識に表情に出た時、私は誤魔化すために『なんでもない』と言葉にする。 だけど、やっぱり律はそんなのお見通しかもしれないし、何度も同じこと言っていたらさすがにおかしいと思うのだろう。 「なんでもないよ」 「ほらまた言った」 「本当になんでもないから……」 「いーやなんでもなくないね。澪ちゃんの悩みはりっちゃんの悩みだぞ」 私の気持ちなんて何にもわかってないくせに。 だけどそうは言えなかった。 そりゃ私は私の気持ちを律に言っていないのだから、それを律が理解していないのは当然だ。 その子の誘いに乗っかることは別に私に何の影響もない。 別に律は誘いに了承してもいい。 私にメリットもデメリットも存在しないはずなのに……心はそれを拒んでること。 なんで拒んでいるのか、わからないことも。 律に言う必要はない。 「ほら、言ってみろ」 「本当に何でもないんだ。律に言うほどでもないし……」 「私に言うほどでもないってことは、やっぱりなにか悩んでんのかよ」 もうやめてくれよ。 「だから言うほどでもないって言ってるだろ」 言ったら、何かが変わってしまいそうで嫌だった。 言えばいいのかよ。 その子のお誘い、断ってくれって? そしたらどうしてって律は私に言うんだろ。 でも、私はその「どうして」に答えられないんだ。 『どうして』、律にその子の誘いを断ってほしいのかわからない。 私は私が、一番分からないよ……。 「……もういいよ」 律は不服そうに食事を再開した。 私は律に心の中で謝りながら、箸を持った。 それから昼食の間は、まったく喋れなかった。 ■ 2月8日 晴れ 澪が何かに悩んでるみたいだけど教えてくれなかった。 そんなに私、信用ないのかな。それはちょっとショックだ。 お食事会、どうしよう。 あんまり乗り気じゃないけど、でも気持ちはありがたい気もするし……。 本当は澪と一緒がいいのだけど、それも言えないし。 悩む。また澪に意見を聞くのも、どうかと思うし。 あー、どうしようかな。 戻|TOP|次
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■イノセントベスト Ⅱ 硬質な素材を生地に織り込んだ上着。 生き物の素材を剥ぎ取って売っぱらったものから作られたのにイノセント、解せぬ イノセントな者しか着られない衣なのだろう…。ししょー「う、上着が逃げる!?」 ↑ メディ姉「あらあら。ここはこのわたくしが……」 ボジュ 赤ソド「メディ姉が触れたら上着が燃え尽きたー!?」 そもそも軽鎧なので後衛職(メディ・アルケミ・カスメ・ガンナー)は装備不可である。ガン子はイノセント(意味深)ではなかった…? コメント
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